住職日記

道心

日本仏教の祖をいわれる伝教大師(最澄)は「山家学生式」という人づくりの制度の序文の中に「国宝とは何者ぞ。宝とは道心なり。道心ある人を名づけて国宝となす。故に古人曰く、経寸十枚、これ国宝にあらず。一隅を照らす。即ち此れ国宝なり」と言っておられます。簡単に直訳しますと、国の宝とはいったいなんであろうか。

 

宝とは道心である。道心というのは心の道と書きますが、向上心という意味の言葉であり、この道心(向上心)を持って努力する人をさして国の宝というのであります。故に昔の人は経寸(経寸とは金や物のことをさします)などいくらあっても世の中の役に立たないと言っています。一隅を照らす。この一隅とは、重箱のスミや端っこをさすのではなくて自分の持ち場のことです。すなわち現在自分が関与している持ち場を守り、ベストを尽くすことを一隅を照らすと言います。こういうポストにベストを尽くす人材こそ世の中になくてはならない国の宝なのだと言っておられるのであります。もっとくだいて言いますと「一隅を照らす」ということはどんな嫌な仕事でも、この道心(向上心)をもってベストを尽くして行くと、だんだんと嫌な仕事も自然と好きになってくるものです。

 

そしてその仕事が好きになってくると、その仕事にいろんな工夫を加えて、おもしろく仕事をするようになってくるので、ますますその仕事が好きになってゆき、いつのまにかその職場になくてはならない存在になってゆくということです。こういう人達がたくさん世の中に出てくると、いろんな場所が照らされて、世の中が明るくそして住みやすい場所になってくるということなのです。

 

また伝教大師は「道心の中に衣食あり、衣食の中に道心なし」とも言っておられます。これはこの道心(向上心)をもって精一杯努力をしてゆけば、生きてゆく上で必要な衣食住は自ずと身に備わるけれども、衣食住(物欲)にばかりとらわれて、それのみを追い求め、我に支配された自己中心的な生き方からは、人間としての成長すなわち向上心は決して伴って来ないと言っておられるのであります。

 

このことは、現代人の我々にも耳の痛い言葉ではないでしょうか。戦後日本の国には他に例をみない程、経済成長をとげ経済大国となりましたが、心を置きざりにして物欲ばかりを追い求めた結果、バブル崩壊後の大企業の相次ぐ破たん、金融不安、倒産や失業、また家庭内暴力、校内暴力をはじめいじめの増加、低年齢層の非行の増加、人の命を軽視しゲーム感覚で殺人を容易に行う若者等、あらゆる問題が山積みをなってしまいました。

 

二十一世紀は心の時代といわれる今日、この伝教大師の言われている道心という言葉を胸にきざみ、一隅を照らす精神で毎日を送ってみたならば、きっと明るい住み良い世界が開かれて行くものだと信じております。

 

合掌

(湖東三山・西明寺住職 中野 英勝